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心理学ワールド 93号 特集 tDCSには認知機能を向上させる効果があるのか? 池田 尊司(金沢大学子どものこころの発達研究センター) | 日本心理学会

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Academic year: 2021

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9 脳を刺激する

はじめに

 経頭蓋直流電気刺激法(tDCS: transcranial direct current stimulation)は,「頭皮上に貼 り付けた電極に微弱な電流を流すことで身体や 脳の機能が手軽に向上する」という触れ込みで 語られることが多い。tDCSで使用する刺激装 置は直流電源と電極で構成されているため,他 のニューロイメージング研究でよく見かける大 掛かりな装置を必要としない極めてシンプルな ものである。使用上のガイドラインを守ってい る限りは非侵襲的な刺激方法であり,安全性も 高い。この装置を用いて頭皮上から脳に刺激を 与えることによって,脳がかかわるさまざまな 身体能力・認知機能の向上につながるのではな いかと考えられているのである。ここで期待さ れている効果は,頭皮上に陽極を置いた場所の 直下に位置する皮質の働きを高め,その脳部位 が担っている機能を増幅したいというものであ る。  認知機能に関しては,言語や記憶,思考に 関するパフォーマンスの向上を狙う試みが多 数行われてきた。これらの責任領域は前頭前 野に集積されているため,ここが刺激のター ゲットとなりやすい。特に,陽極は左の前頭 前野背外側部(DLPFC: dorsolateral prefrontal cortex)を狙って設定されることが多い。これ は,脳波の国際10 – 20法による電極配置にお けるF3の位置に相当し,2015年に出版された レビューによると研究報告数の56%を占めて いる(Santarnecchi et al., 2015)。  認知機能に対するtDCSの関与を示した最初 期の研究では,F3を陽極とした刺激を行った とき,電流を流さない偽刺激と比較して,ワー キングメモリ課題の正答率が上昇したことが 報告された(Fregni et al., 2005)。また,陽極 と陰極を入れ替えた場合や,運動野を陽極と した場合には正答率が変化しなかったため, 左DLPFCへの刺激がワーキングメモリのパ フォーマンスを向上させたことを示したもの であった。この報告のあった2005年頃より, tDCSによって認知機能の向上を謳う研究が 続々と登場することとなる。 ワーキングメモリと n–back 課題  ワーキングメモリは,情報を一時的に保持し ながら処理を行うことで認知機能を支えるシス テムである(Baddeley & Hitch, 1974)。ワーキ ングメモリに取り込むことができる情報の数に は厳しい制約があり,一度に扱うことのできる アイテム数のことを「容量(capacity)」と呼 ぶ。これは単に入れものの大きさを測っている だけではなく,情報をいかに上手く整理整頓し たうえで,よりたくさんの情報を保持できてい るかと言い換えることもできるだろう。  tDCS研究では,ワーキングメモリ容量を測 るために,n–back課題がよく用いられている。 これは,継時的に一つずつ呈示される刺激系列 に対して,現在呈示されているアイテムとn個 前のアイテムについて異同判断を求める課題で ある。例えばnが1のときは1–back課題と呼ぶ

tDCS には認知機能を向上

させる効果があるのか?

金沢大学子どものこころの発達研究センター 助教

池田尊司

(いけだ たかし) Profile─ 2008年,京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。日本学術 振興会特別研究員,大阪大学大型教育研究プロジェクト支援室,同大大学院人間科学研究科,同工学研究科, 金沢大学子どものこころの発達研究センター(いずれも特任助教)を経て2018年より現職。専門は認知神経科学。 著書に『生理心理学と精神心理学 第Ⅲ巻』(分担執筆,北大路書房),『情動と言語』(分担執筆,朝倉書店)など。

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10 うするか,はたまた疾患の有無など,統制すべ き変数は多岐にわたることがわかってきたので ある。この刺激条件であれば確実に認知機能が 向上するという必勝パターンは見つかっていな いのが現状である。  tDCSで刺激を与えることによって,脳内で 電圧や電流の向きがどのように変化するのかを 調べたシミュレーションの結果からは,陽極直 下の皮質を選択的に刺激できているわけではな く,脳全体にわたって刺激の影響が生じている ことや,陰極の設置場所によっても刺激が加 わりやすい場所が変わることが示されている (Bai et al., 2014)。ここでは,同じく非侵襲的 刺激法の一つである経頭蓋磁気刺激法(TMS: transcranial magnetic stimulation) の よ う に 狙った部位をピンポイントで刺激できているわ けではないことに注意する必要がある。刺激パ ラメータのちょっとした違いや,各個人の頭の 大きさや構造,そして当日のコンディションの 違いに至るまで,効果の有無へとつながってい ることも充分考えられるのである。  認知機能の研究においては,最終的に知りた い事柄はパフォーマンスが向上するかどうかと いう行動面での作用であるが,これを媒介する 脳の働きの変化も同時にみておくことの重要性 が高まってきている。行動面での変化がなかっ た場合でも,脳の活動パターンには変化があっ た可能性は考えられ,その変化が期待した行動 変容を引き起こすものであったかどうかを検証 するというプロセスも必要となるであろう。 脳機能イメージングを併用した検証  筆者らの研究グループは,tDCSによって WM容量の向上がみられるかどうか,そして 脳活動にどのような変化が出るのかを脳磁図 (MEG: magnetoencephalography)を用いて検 証した(Ikeda et al., 2019)。実験参加者は右利 きの健常成人24名で,同じ参加者がtDCSの実 刺激条件と偽刺激条件の双方に参加するクロス オーバーデザインを採用した。参加者の割り付 けは,二重盲検法によって実験者にもわからな いように行われた。 こととなり,一つ前に呈示されたアイテムと, 現在呈示されているものが同じものかどうかを 判断する。そして,次のアイテムが呈示された ときには,その場からは消えているが先程まで 呈示されていたものとの照合を行うこととな る。nの値が増えるに従って記憶を遡らなくて はならない数が増えるため,記憶負荷が増大し て難易度も上昇する。また,一度照合が終わっ た過去のアイテムをワーキングメモリ内に貯め たままにしておくと,次のアイテムを取り入れ る余裕がなくなるため,速やかに更新されるこ とが求められる。この更新処理に実行系機能が 関与しているものと考えられている(Miyake & Friedman, 2012)。n–back課題のパフォーマ ンスを測るうえでは,正答率(または信号検出 理論に基づくd′)と反応時間が指標として用 いられている。 tDCS の効果  これまでに多くの研究が行われてきたが,有 意な向上効果を報告しているものに加えて,効 果がない,または成績低下を報告しているもの さえあるというのが2020年末の時点での概観 である(Polizzotto et al., 2020)。そのため,以 前ほど楽観的にtDCSの効果を受け入れて良い ものかどうか,懐疑的なレビューも行われるよ うになってきている。ここで,留意しておくべ きポイントは出版バイアスの問題であり,比較 的初期の研究においては,認知機能の有意な向 上効果がみられた研究のみが論文化されていた 可能性がある。近年では,研究手法・手順が妥 当であればネガティブデータも等しく採択され る潮流が産まれつつあり,それに伴って否定的 な結果も公表されるようになってきたのではな いかと考えられる。  これを踏まえたうえで公表された論文を概観 してみると,tDCSの効果が得られるかどうか は,当初想定していたほど単純なものではない ことが見えてくる。tDCSをかけるタイミング をワーキングメモリ課題遂行前にする(オフ ライン刺激)か,遂行中にする(オンライン刺 激)か,刺激を印加する時間や電流の強さをど

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11 脳を刺激する  tDCSによる電気刺激は,F3に 陽極,反対側のF4に陰極を設置 し,まず13分間2mAで刺激した 後に20分間の休憩を挟み,さら に13分間2mAで刺激するという シークエンスを用いたオフライン 刺激であった。これは,刺激を やめた後でも運動野の興奮性が 長時間持続することが報告され ているパラメータに準じている (Monte–Silva et al., 2013)。  参加者はMEG装置内で脳機能 データを取りながら3種類の視覚 性3–back課 題 を 行 っ た( 図1)。 記憶するアイテムとして色名単語 を用いた言語的負荷の高いもの (Word条件)・色名の指し示す色票を用いた もの(Cross条件)・色名による弁別が困難な 小色差で視覚的負荷の高いもの(Within条件) の3条件である。もし左DLPFCの活動を特異 的に亢進させるのであれば,情報の更新にかか わる働きは等しく上昇し,特にWord条件では 左前頭葉が言語機能を担うことから記憶容量の 増大効果が他の条件よりも大きくなるのではな いかという仮説のもと,実験を行った。  行動成績に関しては,d′および反応時間とも にtDCS刺激の有意な効果はみられなかった。 ここで「有意差なし」として研究を終えてしま うと,単純に刺激が皮質まで届いていなかった だけともとらえられてしまうため,tDCSで刺 激を与えた後に,皮質ではどのような変化が起 こっていたのかをみることにした。  DLPFCの局所的な活動を推定するために, 30Hz以上のガンマ波に着目してMEGデータ を解析したところ,82 – 84Hz付近でパワーの 増大が認められた(図2)。この結果からは, tDCSによってガンマ波の振幅が大きくなるこ とがわかり,皮質の活動には変調がもたらされ ていたことが確かめられた。それでは,活動が 亢進したはずのDLPFCがワーキングメモリ容 量を押し上げることができなかったのはなぜで あろうか。  ワーキングメモリ課題の遂行時には前頭葉と 頭頂葉が協調して働き,シータ波とガンマ波の 位相振幅カップリング(PAC: phase–amplitude coupling)によって通信が行われていると考 えられている(Roux & Uhlhaas, 2014)。MEG データの解析を進めたところ,言語的負荷がか tDCS には認知機能を向上させる効果があるのか? 図 1 3-back 課題の概要 それぞれの視覚刺激はスクリーン中 央に 1 秒間呈示され,1.5 秒の間隔 を置いて次の視覚刺激が呈示される。 1 ブロックは 18 個の刺激で構成さ れる。1 段目:色名単語を呈示する Word 条件の呈示順序例。2 段目:色 名と対応する色票を呈示する Cross 条件。3 段目:色名による弁別が困 難な色票を呈示する Within 条件。4 段目は 3-back 課題の正答パターンを 示す。 図 2 MEG データの時間周波数解析 横軸は時間の経過を表し,0ms は視覚刺激の呈示開始時を示す。(左上・右上) 刺激呈示直前の時刻を基準とした場合の各条件の信号変化率。(左下)点線 部は Sham 条件よりも tDCS 条件で有意に信号変化が大きかった箇所を示し ている。DLPFC = 前頭前野背外側部

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12 かるWord条件ではPACがむしろ低下してし まっていたことがわかった。つまり,今回の実 験結果は,tDCSによる刺激によってガンマ波 は増えるものの,その出現タイミングが記憶の 向上を促すものではなかったことが示唆される のである。 まとめ  健常成人を対象とした著者らの実験では,残 念ながらワーキングメモリ容量を有意に向上 させる効果は得られなかった。また,tDCSに よってガンマ波の振幅増大を引き起こすことは できていたものの,頭頂葉との長距離ネット ワークを構成するシータ波への寄与はみられな かった。  これはtDCSの効果に疑義を投げかける結 果となったが,脳そのものの働きをさらに詳 しく知る必要があることも示唆している。陽 電 子 断 層 撮 像 法(PET: positron emission tomography)を用いた研究では,F3への刺激 によって線条体におけるドーパミン放出が促進 されるという結果も報告されている(Fukai et al., 2019)ことから,脳のさまざまな領域と結 合を持っている線条体が賦活されると,tDCS による電流刺激という一次的な効果に加えて, ドーパミン系を介した二次的な効果が脳全体に 及ぶことも予測される。tDCS刺激の作用機序 を理解するためには,陽極直下の局所的なもの だけではなく,脳全体にどのような影響を及ぼ すのかを検証することが,tDCS研究における 課題であるといえる。外傷や脳卒中などの原因 によって脳に損傷を受けた後では,他の領域が 損傷された機能を代償するような働きをみせる ことがあるように,tDCSによって一時的な外 乱が与えられた場合でも,刺激の焦点領域以外 の領域との相互作用を通して,さまざまな出力 が得られることは想像に難くない。このような 動的システムとしての脳をとらえる解析手法な ど,tDCSの作用機序解明を通じてニューロイ メージング研究自体も発展を遂げることが期待 される。 文 献

Baddeley, A. D., & Hitch, G. J. (1974). Working memory. In G. H. Bower (Ed.), Recent Advances in Learning and Motivation (Vol. 8, pp. 47–90). New York: Academic Press.

Bai, S., Dokos, S., Ho, K. A., & Loo, C. (2014). A computational modelling study of transcranial direct current stimulation montages used in depression. Neuroimage, 87, 332–344.

Fregni, F., Boggio, P. S., Nitsche, M., Bermpohl, F., Antal, A., Feredoes, E., Marcolin, M. A., Rigonatti, S. P., Silva, M. T., Paulus, W., & Pascual–Leone, A. (2005). Anodal transcranial direct current stimulation of prefrontal cortex enhances working memory. Experimental Brain Research, 166(1), 23–30.

Fukai, M., Bunai, T., Hirosawa, T., Kikuchi, M., Ito, S., Minabe, Y., & Ouchi, Y. (2019). Endogenous dopamine release under transcranial direct–current stimulation governs enhanced attention: a study with positron emission tomography. Translational Psychiatry, 9(1), 115.

Ikeda, T., Takahashi, T., Hiraishi, H., Saito, D. N., & Kikuchi, M. (2019). Anodal transcranial direct current stimulation induces high gamma–band activity in the left dorsolateral prefrontal cortex during a working memory task: A double–blind, randomized, crossover study. Frontiers in Human Neuroscience, 13, 136. Miyake, A., & Friedman, N. P. (2012). The nature and

organization of individual differences in executive functions: Four general conclusions.. Current Directions in Psychological Science, 21(1), 8–14. Monte–Silva, K., Kuo, M. F., Hessenthaler, S., Fresnoza,

S., Liebetanz, D., Paulus, W., & Nitsche, M. A. (2013). Induction of late LTP–like plasticity in the human motor cortex by repeated non–invasive brain stimulation. Brain Stimulation, 6(3), 424–432. Polizzotto, N. R., Ramakrishnan, N., & Cho, R. Y. (2020).

Is it possible to improve working memory with prefrontal tDCS? Bridging currents to working memory models. Frontiers in Psychology, 11, 939. Roux, F., & Uhlhaas, P. J. (2014). Working memory

and neural oscillations: alpha–gamma versus theta– gamma codes for distinct WM information? Trends in Cognitive Sciences, 18(1), 16–25.

Santarnecchi, E., Brem, A.–K., Levenbaum, E., Thompson, T., Kadosh, R. C., & Pascual–Leone, A. (2015). Enhancing cognition using transcranial electrical stimulation. Current Opinion in Behavioral Sciences, 4, 171–178.

参照

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